リトリート開催レポート

日本的ウェルビーイングを探究する箱根リトリート4日間

日本的ウェルビーイングを探究する箱根リトリート4日間

2025年5月、新緑の美しい箱根にて、3泊4日の宿泊型リトリートを開催しました。

今回のテーマは、「わたしらしく、わたしたちを生きる」

このテーマの種が蒔かれたのは、2023年に私が訪れた英国の大学院シューマッハ・カレッジでのことでした。

「大事なのは、聴くことだ。他者の話を聴くだけでなく、自分の土地に、自分たちの中にあることに気づくこと。答えは足元にある。」


恩師アンディ先生から受け取ったこの言葉を胸に、日本という土地、箱根という自然の中で、わたしたちが「個」として輝きながら、いかに「全体」として調和して生きていけるのか。そんな問いを分かち合った4日間の記録をお届けします。


「わたし」の色が混ざり合い、ひとつの「和」になる

参加した皆さんが抱えていたのは、等身大の葛藤でした。 「自分を表現してワガママになるのが怖い」「相手を大切にしたいけれど、自分を薄めたくはない」。

そんな一人ひとりの小さな波紋が、箱根の静寂の中で少しずつ重なり、気づけば大きな「和」となっていく瞬間を、私たちは何度も目にしました。

私たちが今回向き合ったのは、「個」と「調和」を両立する新しいウェルビーイングのあり方でした。


企画の背景:競争から共創へ、自立から相互依存へ


現代のウェルビーイングは「個人の心身の健康」に重きが置かれがちです。しかし、行き過ぎた個人主義は「すべてを自分一人で成し遂げなければならない」というプレッシャーや孤立感を生んでいる側面もあります。

「自分らしくありたい。けれど、他者とも分かち合いたい」

そんな願いを叶えるヒントは、古来日本人が大切にしてきた「和」の精神や、自然との共生にあるのではないか。シューマッハ・カレッジ(英)やフォルケホイスコーレ(北欧)の学び方を参考に、知識としてのレクチャーではなく、箱根の豊かな自然を舞台にした「体感型」のプログラムをデザインしました。



<プログラムの概要>

思想や政治的な枠組みを超え、一人の人間として「どう自然や他者とつながるか」という視点を大切にしました。


ー古事記・神道・言霊の叡智 「はじまりの物語」を通じ、私たちがどこから来たのかを紐解きます。不完全な神様たちのエピソードに触れ、自分の不完全さをも愛おしむ時間を過ごしました。


ー表現としてのアートと対話 正解のないキャンバスに「今の自分」を映し出すワーク。言葉にならない想いを色や形に託し、それを対話で分かち合うことで、個性が溶け合う感覚を味わいました。


ー「和食」をむすぶ、命をいただく 食事の準備も全員で行う共同生活。手のひらでおむすびを「むすぶ」行為そのものが、他者や土地とつながる儀式のような豊かな時間となりました。


ー自由と余白のひととき 焚き火、BBQ、温泉、そして何気ない雑談。プログラムはすべて「自由参加」とし、自分の内なる声に従って過ごす贅沢な余白を大切にしました。




参加者の声:体感した「わたしたち」という感覚

参加後のアンケートには、言語化できないほどの深い感覚と、日常に戻ってからの確かな変化が綴られていました。

■ 日本的ウェルビーイングへの気づき

「『和』の精神性の中に、『すべてが元々在るし、つながっている』という世界観が含まれていることに気づきました。少し難しく考えすぎていたのかもしれません。繋がりの感覚を現実社会でも実現していこうと思えるようになりました。」

「八百万の神様たちがみんな不完全で、失敗だらけ。神性ってそれでいいんだなという、深い『ゆるみ』を感じました。」

ー20代



■ 「わたしらしく、わたしたちを生きる」とは
『わたしらしい』とは『我』を握りしめることではなく、むしろ『我』から解放された状態のこと。そこに辿り着ければ、自然と『わたしたちを生きる』ことになるのだと感じました。」

「自分だけ幸せでも、周りだけ幸せでもなく。『全体性(We)』の世界観をベースに、『個性(Me)』を生きる。 この分離のない在り方こそが、本当に望んでいた安心感なのだと腑に落ちました。」

ー40代

■ 4日間を終えて

「リトリートから戻り、仕事に追われる日々ですが、なぜか心は穏やかで豊かさを感じています。 その豊かさが相手にも響き、喜びに変わる。これこそがリトリートのギフトだと感じています。」

「最高のロケーションと、個人を尊重する安心安全な場作りに感激しました。こういう場所なら、新しいチャレンジも怖くないと思えました。」

ー40代



編集後記:主催者より

わたしを生きることは、わたしたちを生きること

チェックインやフリータイムで皆さんに参加理由を伺ったとき、「このテーマに惹かれた」と口々に仰ってくれました。その感性を持った方々が集まったこと自体が、私にとって何よりの喜びでした。

そして様々なワークと対話を経た最終日、私たちは一つの確信に至りました。 「わたしらしくあること」は、決して身勝手なことではなく、巡り巡って「誰かの喜び」へとつながっていく。


「わたし = わたしたち」

この関係性が腑に落ちたとき、そこには「あるがままの自分」でいられる安心感が広がっていました。

天然温泉に癒やされ、鳥の声と共に歌って、おむすびを頬張る。 そんな、命を喜ばせる時間に溢れた箱根リトリート。


宿泊を伴う4日間だからこそ、座学では到達できない「体感としての深い学び」がありました。

このリトリートは終わりではなく、ここからそれぞれの日常で「自分たちの物語」を紡いでいく始まりです。

参加者の1人は、このリトリートの後に「喜祭=喜びの祭り」を企画し、喜びの循環を拡げていました。

素晴らしい時間を共に創ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。