「正しくあろう」とする手を放して。養護教諭・ひさえさんが見つけた、生徒と自分の“内側”を大切にする対話

——「人間理解の探究Camp」 スピンオフ・インタビュー
学校の保健室。そこは、教室で息が詰まった生徒たちが、最後になだれ込む場所。 養護教諭として日々、子どもたちの心身のSOSを受け止めてきたひさえさんは、ある「理想」と「現実」の間で静かに、けれど確実に、疲弊していました。
「先生なんだから、どっしり構えていなきゃ。子どもたちを前向きにしてあげなきゃ」
そんな彼女が、全6回の『人間理解の探究Camp』を通じて、どのように鎧を脱ぎ、生徒たちと「新しい風景」を見るようになったのか。その心の軌跡を辿ります。
■ 「分析」と「アドバイス」が見えない壁になっていた

—— 以前のひさえさんは、生徒たちと向き合うとき、どんなことを考えていたのでしょうか?
ひさえさん: 私はもともと、動物占い、帝王学、子育て系の講座など、いわゆる「タイプ別診断」や「素質分析」をたくさん学んできました。生徒が保健室に来たとき、その子の素質を知っていれば、より良いアドバイスができると思っていたんです。
でも、どこかで「しっくりこない」感覚がありました。分析すればするほど、目の前の生徒を「こういうタイプの子だから、こう言えばいい」と、パズルのピースのように見てしまっていた。無意識に、相手を型にはめてコントロールしようとしていたのかもしれません。
—— 「アドバイスをしなきゃ」というプレッシャーがあったのですね。
ひさえさん: そうです。特に感情が昂ぶっている子に対しては、「早く落ち着かせないと」という焦りがありました。相手を否定してはいけないとわかっていても、心の中では「そんなこと言ったって……」「もっとこう考えれば楽になれるのに」と、ジャッジ(審判)を下している自分がいました。
■ 衝撃だった「ネガティビティ・バイアスもOK」という教え
—— そんなひさえさんが、Campの中で一番揺さぶられたのはどの部分でしたか?
ひさえさん: 「ネガティブ・バイアスもOK」という言葉です。これが本当に衝撃でした。 今まで、「ネガティブな気持ちは悪いものだから、早くポジティブに変えなきゃ」と、どこかで自分にも相手にも強いていたんです。でも、人間には本能的に危機を察知するためにネガティブになりやすい性質がある。それを「あっていいもの」として認める。
「ああ、ネガティブな気持ちを無理に消さなくていいんだ。ないことにしなくていいんだ」
そう思えた瞬間、ずっと張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けるのを感じました。

—— 「自分を許す」ことができたのですね。
ひさえさん: はい。それまでは、何かが上手くいかないと「私が悪いんだ」と過度な自責に走るか、逆に「あの人が悪い」と誰かを責めたくなる極端な思考に陥っていました。でも、感情の波がある自分をそのまま受け入れられるようになると、内省の質が変わりました。「今、私は悲しいんだな」「今、私は安心を求めているんだな」と、自分の内側のニーズに優しく触れられるようになったんです。
■ 生徒の「大切なもの」を知ろうとする旅
—— その変化は、保健室での生徒との関わりにどう現れましたか?
ひさえさん: 相手を「分析」するのをやめて、「この人が今、本当に大切にしたいものは何だろう?」という一点に、好奇心のアンテナを立てるようになりました。
ある時、わーわーと感情を爆発させている生徒がいました。以前の私なら「落ち着こうね」となだめていたでしょう。でもその時は、「この子は、今この瞬間に何を伝えたいのかな?」と、ただその子の内側にあるものを大切にしようと意識を向けました。
—— その結果、何が起きたのでしょうか。
ひさえさん: 不思議なことに、私が何か特別なアドバイスをしたわけではないのに、その子が「先生に話してよかった!」と、晴れやかな顔で教室に戻っていったんです。 「わかってもらえた」という感覚は、解決策を与えることではなく、ただその人のニーズ(願い)と共にいることで生まれるのだと、肌で感じた瞬間でした。
■ アートと対話が教えてくれた「視点の多様性」
—— 講座の中では「アート」を使ったワークもありましたね。
ひさえさん: あれは本当に衝撃的でした!一枚の絵を見て、それぞれが感じたことをシェアするのですが、同じ絵を見ているはずなのに、捉え方がこれほどまでに違うのかと。 ある参加者が、自分には想像もできない視点で語っているのを聴いたとき、「正解なんてどこにもないんだ」と心から納得できました。
保健室に来る生徒たちも、それぞれが違う色、違う形のレンズで世界を見ています。私が私の「正しいレンズ」を押し付けるのではなく、相手のレンズの中にある景色を一緒に眺める。それが「対話」なんだと、感覚として掴めた気がします。

■ 現場へ持ち帰る、新しいバトン
—— これからの保健室で、ひさえさんはどんな「対話」を紡いでいきたいですか?
ひさえさん: 保健室は、どうしてもネガティブな言葉が溢れる場所です。でも、これからはそのネガティブな言葉の裏側にある「本当は何が満たされたら嬉しいのか?」という光の部分を、生徒と一緒に探していきたいです。
もちろん、どの言葉を選べばいいか難しくて、まだ「これであっているのかな……」と迷うこともあります。でも、その迷いさえも受け入れながら、生徒一人ひとりが持っている「内側の種」を大切に育む存在でありたいと思っています。
—— 最後に、この記事を読んでいる仲間の先生たちへメッセージをお願いします。
ひさえさん: もし、「先生だからこうあるべき」という重圧で苦しくなっているなら、一度その鎧を脱いで、自分のニーズに耳を傾けてあげてほしいです。自分が満たされると、驚くほど自然に、子どもたちの声が優しく聴こえるようになります。 「人間理解の探究Camp」は、私にとって、もう一度「人が好きだ」と思えるようになった、大切な再出発の場所でした。

編集後記
インタビュー中、ひさえさんは何度も「しっくりきた」「衝撃だった」と笑顔で語ってくれました。 「教える人」である前に、一人の「感じる人」として自分を慈しむこと。 ひさえさんが灯した保健室の温かな明かりは、今日もきっと、生徒の心を優しく照らしているはずです。